イルカが愛を確かめにくる、青い海の底の日常生活

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カテゴリ:映画( 48 )

2013年myベスト映画ランキング

みなさま、あけましておめでとうございます。
いつの間にか「blogを書く」という習慣がすっぽりと頭から抜けて2ヶ月も間が空きまして、文章の組み立て方も忘れ始めた昨今ですが、なんとかこれだけはやらねばなるまい!とキーボードを叩いている次第。2013年、忙しいとかなんとか言いながら、劇場・WOWOW合わせ120本超えしてます。これだけは、ずーっと変わらぬ習慣です。んではのうぞ。

1位 「風立ちぬ」「かぐや姫の物語」
a0031041_21321047.jpgそれぞれは1位というより1.5位ぐらいの感じなんだけど、いやはや、宮崎駿監督と高畑勲監督の作品が同じ年にもう一度観れることになるとは、それだけで感激もの。映画を観始めた頃の夏を思い出します。
エンディングでいろんな想いが堰を切ったように溢れ出す、駿作品ならではの醍醐味の「風立ちぬ」と、死生観・日本の宗教観まで盛り込んだ「かぐや姫の物語」。どっちか1本なんて選べなくて、この2本で1位。

3位 「千年の愉楽」
少し前の日本を描いたこの映画の雰囲気自体も好きなんだけど、何より舞台挨拶で男前俳優衆を見れてうふふな思い出も、どーやってもセットになってしまうw 若松監督の描く昭和をもっと観たかったし、口が悪いけど筋が通っている姿勢も好きでした。

4位 「恋の渦」
もうもうこれは本当に面白くて、世間体とかなんとか考えなかったら実質これが1位。なんで1位にしたくないかっていうのは観て共感してねw 「ゲスで! エロくて! DQN!」というキャッチフレーズがまさにという感じ。3月の「愛の渦」が鼻血が出そうなぐらい楽しみ。

5位 「きっと、うまくいく」
もう内容はあまり覚えてないんだけど、観終わったあとお腹いっぱいだったことが強烈に残っていて、そういう映画ってなんか良いよね。んで「All is well~♪」だけは今でも歌える。そういうのも良い。

6位 「ゼロ・グラビティ」
3D上映は(それしかやってない時に)渋々観るけど、常々そうすることに意味があるのかと疑問を持っている。けどこれは初めて納得。無重力の映像も含め素晴らしい。アカデミー賞はまず固いでしょうな。けどここ何年かの「アルゴ」だの「英国王のスピーチ」だの同様、なーんか品行方正な印象があって6位。

7位 「アンナ・カレーニナ」
これは多分、観た大抵の人には印象に残ってないのではと思うんだけど、私はなぜかこの映画がとっても好き。あの長回しのタイミングは、ちょっとやそっとの練習ではできないですよ、スタッフと俳優の努力の賜物ですよ! ずーーっと観ていたかった。アーロン・テイラ=ジョンソンも本当に美しくて~♪♪

8位 「嘆きのピエタ」
映画のクオリティ自体はすごく高いんだけど、いかんせん何度も観たくなるタイプの映画ではないのでこの位置。「考えさせられる映画」という部門があったらこれがトップでしょ。

9位 「終戦のエンペラー」
あのク○ばば達の大喧嘩の後でも感動して印象に残ってるんだから、大した映画だということでランクインw 映画の方は観てないけど、「永遠の0」とかこの「終戦の~」みたいなタイプのものはこれからもどんどん増えるのではないだろうか。

10位 「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ」
イメージとしては灰色で、後味が良かったわけでもないんだけど、やっぱりこの手の仏教的なテーマと人間交錯ものは基本的に好き。

総評
なんと、4位までが邦画、10本中6本がアジア映画、加えて1本はハリウッドが描いた日本と、ちょっと怖い結果になりました。西洋の映画は私の選択が悪かったのか、期待外れが多かった。というか、選ぶ時点でアジア映画がやたらと多いので、この結果もしょうがないかも。
けどものすごく楽しみにしてたウォン・カーウァイやパク・チャヌク監督の映画がイマイチだった反面、「恋の渦」や「きっと、うまくいく」みたいのは完全に世間の評判だけで観に行って大当たりしたので、やっぱりアンテナはきちんと張っておかなきゃと思った次第。
そして2013年は、DVDで何度も観た大好きな「さらば、わが愛/覇王別姫」と、長いことレンタルさえみつからなかった「非情城市」を劇場で観れたスペシャルな年でした! 「千年の愉楽」の他にも「恋するミナミ」でリム・カーワイ監督と女優さん二人の舞台挨拶が見れたりと、プラスのお楽しみも多かったですね。
って、やっぱりアジア映画の話ばかりしてるw 2014年も一発目はアジア映画の予定。今年も頑張ってオタクります!
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by bigblue909 | 2014-01-04 21:32 | 映画

2013年10月劇場鑑賞映画

先月、長いこと観たいけど観れなかった「悲情城市」を観た。神戸のマニア劇場元町映画館が、モトエイセレクションとして上映してくれたから。なんだか感無量。今はDVDの再販もしてなくてプレミアがついてるみたいだけど、こういう映画をきちんと拾ってほしいな。

あの頃、君を追いかけた ★★☆
a0031041_21515098.jpg11年間行かなかった神戸アートビレッジセンターに、初めて訪れてから一ヶ月も間を空けず行くことに。「恋の渦」の録音が良くなかったのはわかったものの、やっぱりあの室内、音が響きやすいところみたい。しわぶきひとつたてられず、観てて全くくつろげないんだよね・・・。
映画の方は、台湾で大ヒットした初恋物語!ときたら、こりゃ観ないわけにはいかないわけでして。そう、「藍色夏恋」、ああいうのを期待してしまって。でもこれ、意外と下半身ネタが多い。「アメリカン・パイ」みたく最初からそれを狙ったものならわかるんだけど、初恋を謳いつつ性欲ムラムラで、なんだか居心地が悪い。私は男じゃないからズレてるのかもしれないけど、逆にあの頃の年代って、そういうのを異性に悟られるのが死ぬほど恥ずかしくて、その「恥」こそが青春を形成する大きなものなんじゃないかなあ。この前の「恋の渦」の、大人になってからの恋愛事情があんなに笑えるのは、その「恥」を恥と思いつつも暴走してしまう自分、みたいなとこだと思うし・・・。まあとにかく、私は笑えない下ネタというのが一番嫌いで、この映画でのいろいろは、あんまり描いてほしくないものだった。
ねたばれ→コートンの方は、チアイーをいかに好きだったか・・・という点にだけスポットがあてられるので、どんな子とつきあったのか、現在彼女はいるのか? 全くわからないものの、当のチアイーの方は次々と付き合う相手が替わっていて、この辺りにそう!と膝を叩く。結局、これって男の子目線なんだよな。女はああやって、どんどん先に進んでいく。
そして青春ものというより10年愛に近いような展開になっていくんだけど、2時間にも満たない映画なのに、ラストでまるで韓国ドラマのようにフラッシュバックシーンが出てきたのには閉口。それがあの時こうしていれば・・・というシーンに変わっていった時、その後に何か変化が?と思ったけど、ただの後悔と美化に終わってしまったのにさらにガッカリ。
しかも、しかも、初恋って文字を出しながら、あんな大人のキスはないでしょー! 青春ものに必要なのは、小鳥のような「チュー」ではないのだろうか。←ねたばれ終わり
なんだか、ネットで(大半は男性が書いた)絶賛レビューを読みながら、この映画を観た時のボタンの掛け違いと違和感を、ありありと思い出しつつ。私の思う青春とは違ったな。そして若さとは、お肌のハリよりも何よりも!逆三角形のシルエットと平らなお腹だと遠い目をする。おばちゃん体型には絶対なりたくないから運動がんばろ、と本気で思ったよw
原題についてた「You are the apple of my eye」というのが、変な英語と思ったんだけど、映画を観てるうちに意味がわかった。ひとつ覚えた。
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by bigblue909 | 2013-10-13 21:56 | 映画

2013年9月劇場鑑賞映画

恋の渦 ★★★★★
a0031041_20573471.jpg「モテキ」の大根仁監督の新作が、なにやらやたらと評判が良い。と気になるものの、あの安っぽいポスターの絵面、夜の回のみ上映というハンデ。けどどうしても見逃しては惜しい気がして、疑いつつも行ってみた。もう、すんごく面白かったよ。140分弱と長めなんだけど、これだったらずーーっと観ていられそう。
しかし映画バカを自称しながら、兵庫県在住11年にして初めて足を運んだ神戸アートビレッジセンター。ものすごくコアな映画ばかり上映しているんだけど、施設的に元々映画館ではないからなのか、それともこの映画の録音技術が良くないのか、慣れるまでセリフが聞き取りにくかった。
映画は部屋コンをしようと、様々なつながりの友達・カップル・同僚が集まる所から始まる。初対面同士も多く、初めての時の気まずい会話とか、うわあめんどくさいといきなり思う。中でも女同士で初対面で挨拶して3秒後には無視のジャッジの瞬間とか、やられたこともやったこともある!とゾッと・・・いやハッとする。
とにかく最初の10分ずっとそんな感じで、似ても似つかないのに「芸能人の誰々に似てる」だの言う女、ブ○が入ってきて遠慮なく「おえーーーっ!」と言う奴、周囲を無視してひたすらゲームする奴、コンパノリで音頭をとって白けさせるの、いきなりキレてもっと白けさせるのと、あるあるを通り越して「いるいる詐欺」状態。
ベストとは言えない音響の中、観客が少しでも動くと音が響くので緊張しながら観てたんだけど、そんななので笑うとすぐにわかる。最初は遠慮しながら笑ってたんだけど、失笑・嘲笑を含めた笑いがどんどん広がっていき、下ネタで思い切り吹いてしまい恥ずかしかった。中でもどブ○役のユウコは出オチ・鉄板系で、申し訳ないけど出てくる度に溢れ出す笑いを堪えられなかったw
ねたばれ→みんながそれぞれ誰かに強く出て、誰かに負い目を感じている相関図が、どんどん明るみになっていくのが面白い。そしてそれがわかっていく過程が、そんな言うなって! と思う半面、わかるわかる、そうだよね・・・と思うのだ。そして出てくる3つの部屋がこれまた・・・どれも地方から出てきたらこんなだよねという部屋ばかりで、どんなに見てくれを着飾っても隠せない本質みたいな、いちいち気恥ずかしさを覚えてしまうんだよな。
私が一番共感したセリフが、コウジの「お前あんな男と歩いて恥ずかしくないのか? 俺とつきあってたなんて人に言うなよ!」というの。そーだそーだ、恥ずかしくて歩けないぞ!と激しく同意した自分が、なぜ長いこと結婚できなかったか、その理由を今さらながら痛感する。でもサトミが一人ぽつんとしてたのを一人だけ気にしたり、「お前なに寝てんだよ、よく寝れんな!」というセリフとか、結構この中ではまともやん? と思ってしまう辺り、私はコウジ系精神的おらおらタイプなのだろう。
他のキャラについて一言書けば、カオリのビッチぶりとオサムの「やりたいけど○スは人前から隠したい」というのは同じ線上の端と端にいる気がする。それでも私的にはカオリはなんとなく理解できる(え)けど、オサムには鏡見ろよ、と言いたい。ナオキとサトミは理解りたくもない。こういう関係にはなったこともないし、あるある度数の最も高い(デリヘルは別として)カップルは傍で見てると反吐が出る。タカシは良い奴だけど憐れだったな。憐れみって一番ほしくないものだな。そしてコウタは多分最も現実にいそうな人だと思うけど、実はこういう人とつきあったことがあり、思い出してゲンナリした。←ねたばれ終わり
この手の映画はいろんな人の感想を読みまくるのも楽しみのひとつなんだけど、まだまだ観てる人が少ないのが残念なところ。検索で出てきたblogで「この中で一番嫌いな人があなたと一番似てるタイプですと心理テストで言われそう」と書いてる人がいて、面白いこと言うなと。
んで私は自主性の欠片もないトモコが一番嫌いで、あんなの絶対ないわ、それはないわ!と思ったんだけど・・・とぉ~い昔、あったような、なかったような、、、そんな淡い記憶を慌てて打ち消しつつ、やっぱ怖い映画だなと思うわけで。



風立ちぬ ★★★★★
a0031041_17502078.jpg混んだ劇場で観るのがイヤで、夏休みが終わった次の日にすぐ観に行った。その朝、宮崎駿氏の引退発表がベネチアであったのを、スマートホンのニュースで読みながら向かった。作っている間に本人が最後の作品と意識していたかはともかく、締め括りとしても良いと思うし、そんなのは関係なくてもすごく良い作品だと私は思う。
ねたばれ→関東大震災のシーンを描くのがどれだけ大変だったかを、スタッフが語っているのを前にテレビで見たんだけど、東日本大震災を踏まえて描いたのだろうし、それが嬉しかった。関係ないけど村上春樹の「色彩をもたない多崎つくると彼の巡礼の年」で、東日本大震災についてのなんらかのエピソードがあるのではないかと思っていたんだけど、なかったうえにいまだ地下鉄サリン事件について書いていて、春樹さんの中で時が止まってしまったのではとガッカリした。どんな分野でも物を作るならば、時事的なことを織り込むのも大人の表現方法ではないだろうか。
とはいえ、この「風立ちぬ」では震災での死骸が描かれるわけではないし、肝心のゼロ戦でさえ、戦争の悲惨さなどを訴えるものではない。外に立っている姉弟たちに食べ物を恵もうとして拒否されるシーンがあるだけで、この時代に不可欠な飢えや貧困を描くわけでもなく、むしろ登場人物の多くはかなり裕福な上層階級の人達だ。でもこの映画のメインは、二郎の飛行機作りへの憧れ・夢・情熱、菜穂子との恋、そして人生なわけで、それ以外に深く言及すると散漫になってしまうので、あれで良かったと思う。
そのストレートさにまんまとやられ、ラストの荒井由美のあの歌には涙腺の決壊が破られ、灯りがついた時に平静な顔をしている自信がなく、明るくなる直前に走って出てしまった。二郎自身が空を飛んだり、ありえないような飛行機の動きとかいう部分は、カストルプとの夢の共有として処理しているし、そういう部分うまいなと感心しきり。
とにかく「千と千尋の神隠し」以来、「労働と人生」という部分に重きをおいて、もはや実写を観ているような錯覚を覚える大人の映画に仕上がっていたのではないだろうか。本当に本当に素晴らしい。←ねたばれ終わり
公式の引退発表を受けて、情報番組では特集を組み、いろんな人の思いいれと共に、私もそれぞれの作品を懐かしく振り返った。駿氏の長編作品はもちろん全部観ているし、劇場でリアルタイムで見出したのは「紅の豚」から。一番好きなのを選べと言われたらやっぱり「となりのトトロ」だ。あんなに胸が温かくなって優しい気持ちになれる映画はないもの。3本だったら他に「魔女の宅急便」と「千と千尋の神隠し」が良い。
最初の大々的な引退宣言は「もののけ姫」の時だったと記憶してるけど、その後「千と~」という途轍もない傑作を打ち出したのはこちらも会心の笑みだった。そして駿氏も「トゲが残る」と表現した「ハウルの動く城」で最後だとしたらあまりにも残念だったと思う。私もこの映画だけは観終わった後につまらなかった・・・と思ったし、思いいれもないし、あの時の一回しか観ていない。「崖の上のポニョ」は良かったけど、やはり最後としては少し弱いと思う。駿氏の「本当にやりたいこと」がどんなことかはわからないけど、何らかの形でまたすごいものを見せてほしいし、今までの宝石のような作品群への働き振りには、お疲れ様でした、ありがとうと言いたい。
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by bigblue909 | 2013-09-23 20:56 | 映画

2013年8月劇場鑑賞映画

映画ミニコラム⑧
先月の「殺人の告白」で、「おばちゃんがうるさいけど始まる前だから文句も言えない」と書いた。けど先日、まさにそんな事で上映前におばちゃんたちが大喧嘩を始めて。発端はお菓子の袋をガサガサ、携帯をピカピカさせてたおばちゃんに「映画が始まったらやめてくださいね」と言ったことらしい。私も始まるまでに音の出ることは全部済ませようと、バッグをごそごそティッシュをカサカサ鼻をちんスマホをギラギラさせるし、未遂のことに対して釘を刺されるのがどれだけ腹が立つかは、子供時代を親と過ごした人ならばわかると思うので、ここまでは少し同情する。
けど「映画観たことない人みたいに言わんといて!」と激高するおばちゃんに、注意した方が「そんな音がするお菓子を食べる人いないでしょう」と言うのももっともな話で、映画ファンとしては断然同意見。けどやはり映画が始まるまで少し様子を見るべきだったのはいかんともしがたい。
そんなどっちもどっちな状況だけど、菓子おばちゃんがとにかく怒鳴るので、数人しかいない広い劇場で前方に一人座る私にも経緯がわかるほど丸聞こえ。怒鳴り声を聞くだけで気分が悪いし、何よりこのまま映画が始まったらたまらないので、立ち上がって「係員を呼ぶけど良いですか?」と言うと、「呼んで来て! この人うるさいわ」と菓子おばちゃん。係員に事情を話して戻るとすっかりおとなしくなっていて、男性係員二名に諭されるのに小さく反論して終わった。他の無関係な観客が私と同じ列に移動していて、変なことに首を突っ込んでしまったんじゃないかと思ってた私は内心ホッとした。
でもおばちゃんはその後嫌がらせでわざとくちゃくちゃバリバリがさがさと一袋30分ぐらいかけて食べきってた。係員が数回問題がないか確認しに来てたけど、遠いので音までは気づかなかったみたい。これだけとっても、結局おばちゃんのモラルの低さが伺い知れる。
こういうのってどうなんだろう? 実際映画が始まるまでは・・・とは言っても、私も過去に上映前に後ろから椅子をガンガン蹴られたり、花粉の時期に鼻をグズグズして一向にかむ気はない人の隣りになったりしてさっさと移動したことがある。始まる前だからこそ蹴るのやめてくださいとか、ティッシュ差し出したろかとか本気で思うのをグッとこらえて、ベストポジションから移動せざるを得ないのだ。うーん、難しい。

嘆きのピエタ ★★★★★
a0031041_1622652.jpgキム・ギドク監督の4年ぶりの新作、そして2012年のヴェネツィア国際映画祭金獅子賞作品、やっと神戸でも公開。当時は「ザ・マスター」のポール・トーマス・アンダーソン監督とフィリップ・シーモア・ホフマンが受賞したから作品賞から外されて漁夫の利を得たとか話題になってたけど、私はPTAがものすごく苦手だし、予告を見ても面白そうな要素ゼロだったのでスルーしてしまった。個人的には絶対このピエタの方が良いに違いないと確信してるんだけど。
とは言ってもギドク監督なので、後味スッキリとか何度でも観たい!という気分にはなるはずもなく。だけど毎回ずっしりと、2時間近くを映画を観るために費やしたのに見合うものを提供してくれる。ピエタとは十字架からおろしたキリストを抱くマリア像とあるんだけど、ギドク作品には寺が出てくることが多いし(この映画にも出てきたね)、内容的にも仏教的な側面が多いと思うんだけどどうだろう。
ねたばれ→韓国語では身体障害者を「ピョンシン<病身>」と言うんだけど、これは日本語に直訳できる類のものではなく、そのままずばり差別用語兼罵り言葉として使う。私もfacebookなどで普通の韓国人が、政治家などを批判するのに「何言ってんだあのピョンシンは!」みたいな書き方をしてるのを何度も見たことがある。日本でも言う人はいるかもしれないけど、まず言った本人が白い目で見られて終わりだと思う。なので本物の身体障害者だったら言わずもがな、きっとすごい偏見を受けてるのではと想像できる。死なれると保険金が面倒だから身体障害者に、という発想が冷酷なんだけど、多分そんなわけで、韓国では障害者になる方がずっとずっと残酷で、それこそ「死んだ方がまし」なんだと思う。
そして母親に捨てられたという過去のせい(最近トラウマという言葉が安すぎて使いたくない)で、女そのものを憎んでいるので、乳房という女・母親の象徴を丸出しにした絵に毎日ナイフを投げている。毎朝の夢精シーンを見るに、多分女も知らないんだと思う。だからそんな様が不憫で、思わず「手を貸した」(プッ)母親と名乗る女が、その後に嫌悪感を出して手を洗うシーンが印象的。
尺の関係はありつつも、あんなに罵ってたのにいきなりオンマと呼んで手を繋ぎ街を歩き出したのにはちょっと面食らったけど、母親を追って負債者を訪ねるうちに、思いがけず巡礼の旅をし、自分のもたらした結果を見ることになる。でも冷酷な人間が大抵そうであるように、ガンドも心から悔いている様子はないし、本当に赦しを請うのは、やはり「自分が同じ立場になって初めて」という業。そんなガンドに私は同情も憐れみも感じなかったけど、「あんたを引きずり回して八つ裂きにしてやりたい」と言った女が望みが叶ったとわかった時どんな気持ちなのか、それがすごく気になる。
それにしても、手編みのセーターを「俺のか」と触る手をはねのけられたり、そのセーターにこだわって、死体から脱がせて着たり。そして冒頭の何なのかわからない内臓がタイルに散らばっていて、後から鶏のものだとわかる脱力感とか、母親と名乗る女を後ろから突き飛ばそうとして未遂に終わった老女とか。うまい映画かどうかは、この手の一見無駄なシーンにかかっていて、こういうのをくだらないと切り捨てるか、醍醐味ととるかは、結局観る者の感性や好き嫌いに左右されるんだろうなと思った一本。←ねたばれ終わり
それにしても、韓国の優れた映画では必ずと言って良いほど借金や貧困、これでもかの暴力が描かれるんだけど、本当に今もあんななんだろうか。あのうさぎを飼ってた老婆の家とか、夫婦が住んでたビニールハウスの家とか。30年前の日本には、ああいう家がまだあった。日本もまだまだ貧しかった。ソウルの街から少し行った所にあの光景が広がっているのだったら、それこそ「病巣」という言葉が似合うような、すさまじいものがあるなと思った。



終戦のエンペラー ★★★★☆
a0031041_162449.jpgちょっと前、日曜朝の「ボクらの時代」で桃井かおりと菊池凛子、奈良橋陽子が対談していて、この奈良橋さんが「終戦のエンペラー」のプロデューサー。そしてここ10年ぐらいの日本を舞台にしたハリウッド映画のキャスティングなどを手がけている。日本のイメージを変えるのにかなり貢献しているのではないだろうか。
ミニコラムで書いた事件があった後だったので、映画に集中できるか、気分良く観れるか心配したし、賛否両論になりやすいタイプの映画だと重々承知しつつ、私はかなり面白かった。昭和天皇を描いた映画と言えば、ロシアの珍映画「太陽」があった(そういえばあれにも桃井かおりが出てたな)。天皇の釦を留めるのに、ふるふるしながら大汗をかく男も、「あ、そう」も爆笑ものだったけど、ハリウッドがここまできちんと天皇を描くとは。目的が自己弁護だとしても、日本では畏れ多くて作れないもの。
物語はジャック・・・いや、シワシワが増したマシュー・フォックスと、初音映莉子の恋愛を軸に描かれるので、この辺りに引っかかる人が多いようだ。初音映莉子って「ノルウェイの森」のレイコさんだね!と思って観に行って、あれ、なんか変・・・あ、ハツミさんの方かと思ったのは私だw
ねたばれ→元になった本があるようだし、史実にあわせて・・・なんて言い出したらきりがないのだろうけど、ずっと眼鏡や手袋などの一部だけで、最後まで顔を出さずに終わるのではないだろうかと思った「天皇ヒロヒト」が顔を見せ、「責任は私にある」と言った時の感動は、やはり日本人の血だと感じた。まあ、この辺りも検索すると喧々諤々の議論がなされていて、ほんと難しいタイプの映画だと思うんだけど・・・。
でもオバマ大統領が今上天皇の前で90度のお辞儀をしてニュースになった頃、この映画のラストにも出てきた、天皇とマッカーサーの写真が韓国で話題となり、「腰に手をあててリラックスしたマッカーサー、隣りで緊張し、憔悴しきった顔で写った天皇の写真。初めて見た日本人も多く、衝撃を受けている」という記事を読んだことがある。そんなわけはないし、あの身長差ながら、天皇は堂々とし気品すら漂わせ、逆にマッカーサーのポーズが粗野に見えるほどではないだろうか。←ねたばれ終わり
とにかく、うーむ、支持する人の方が少ないようだけど、私はこの映画に素直に感動したし、日本人キャスト陣の頑張りも見てて清々しかったし、良かったですよ、うん。何かもっと書きたいことはたくさんあったんだけど、一週間経ったら忘れてしまって悔しい。
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by bigblue909 | 2013-08-16 21:48 | 映画

2013年7月劇場鑑賞映画

先日、約10年ぶりにした・・・ということがふたつあって、それは劇場リピート鑑賞と、一日に二本のはしご鑑賞。リピートは映画の日に近所で「レ・ミゼラブル」を半年の時間差上映してたから。はしごは今後の私のエンタメスケジュールの都合、レディスデイに二本観ておけばどちらか見逃す危険がなかったため。リピートなんか「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」が最後だし、はしごも昔はよくやってたけど、今は一本を余裕を持って観るのが優先で、観たいものがかたまってる時はどれかしら観に行くのを諦めていた。
どちらも楽しかったものの、さすがにはしごをした日は9時間半も寝てしまった(一気にこんな長い時間寝たんじゃないけど)。やっぱり集中して映画を観るって、それだけ疲れるものなのね。だけども私、長いこと映画を観てきても、近頃ますます映画が好きでなんか怖い。暇さえあれば、いつ何を観るか?とカレンダーとにらめっこしてしまうんだよね。

殺人の告白 ★★
a0031041_22285982.jpg「殺人の追憶」でも元になった華城連続殺人事件が、時効を迎えたらどうなるか?という発想で作られた映画。と聞くと面白そうなので、期待いっぱいで観に行ったんだけど、しょうもないものを見せられた気分。
にしても、愚痴だけどさー、なんで韓国映画っていうとあんなにおばちゃん率があがるのか? 始まる前の雑談がうるさい。まあ始まる前だから文句も言えないんだけど、こういう時かなりの確率で大声でエラそうに言うのが聞こえてくるフレーズがこれだ、「日本のドラマなんか観れんわ!」。隣りの国に引っ越せっての。
はい本題。で、、、「殺人の追憶」とはなんら関係ないのは重々承知してたけど、本当にカラーからなにから全く違った映画。なのに配給会社はタイトルも兄弟版のような「殺人の告白」にしたのが納得いかない。原題の「僕が殺人犯です」の方が、すっとぼけた感じで内容的にもぴったりなのだ。
ねたばれ→大体「告白」している本の内容にはほとんど触れてないし。あの連続殺人事件は韓国ではかなり有名だからなのか、この映画でも事件自体の説明はほとんどしてないし、「僕が殺人犯です」「いや僕が」という馬鹿馬鹿しさがメインのはず。
だから(多分この人を見るためにおばちゃんズが大挙してたのであろう)犯人役のパク・シフが、おどろおどろしげに事件真相を告白するんだろうかと期待したのに肩透かしでガッカリしてしまったし、すったもんだの誘拐劇と、B級ハリウッドアクションみたいなカーチェイスには、ガッカリを通り越して呆れてしまった。
あーあと寝そうになった時、どんでん返しで現れた真犯人のくだりにはおお!と思ったものの、登場した俳優のフツーのおっちゃんぶりに幻滅。パク・シフには殺人者の影があったけど、詩的な部分を何にも持ち合わせてないのだ。これがまた異様に強くて、警察隊の追跡にも(また出てきたしょーもない)カーチェイスにもこれでもかと生き残る様に、お前はトム・クルーズか? ターミネーターか?と。
そして結局、韓国人が大好きなテーマのひとつである「復讐」というのもあったと思うけど、ここでは復讐を遂げたスッキリ感もないし、かと言って「復讐三部作」で突きつけられたような無情や、深く考えさせられるような問題提起は言うまでもなくない。そんな深さはこの映画には皆無なのだ。←ねたばれ終わり
ラストのお涙頂戴のメロドラマも、んもーはよ終わらせろとしか思えず。なんか、演出過剰な韓国ドラマをここにも持ち込むか、、、と。だから比べちゃいけないんだけど、面白くて怖いのに切ない映画の撮り方に精通したポン・ジュノの力量の様をまざまざ見せつけられて終わったような映画でありましたな。



きっと、うまくいく ★★★★★
a0031041_21483445.jpgこれも全く観る予定はなかったけど、ネットでの異様な評判の良さと、シネリーブル神戸で一日一回一週間限定公開というプレミアぶりにそそのかされ行ってきた。平日にゆったり観たいけど、行ける日がたまたま日曜日しかなく渋々。買い物はなるべくカード払いの私は、必ず映画に行く前日にネットで座席を購入しておくんだけど、当日映画館についたら「満席」の表示。オンライン予約してなかったら危なかった(汗) じゃあ次の回・・・という客に「一日一回で、今週の金曜日で終わりなんです」と謝っていた。いやいやいや。これは映画館側の完全な読み間違いでしょう。でも正直私も、こんなマイナーな映画にアンテナを張ってる人が神戸にまだあれだけいるんだとちょっと感激した。その後映画館は延長上映を決定。平日も含め連日満員みたいだ。
さて本題。インド映画と言えばやっぱり98年(もう15年も前!)日本公開の「ムトゥ 踊るマハラジャ」だと思う。私は確かWOWOWで観たと記憶してるんだけど、さほどノレなかった。正面からの顔の大写しで「ハッ!」というショットが多いし、ダンスシーンは楽しいものの、それもなんとなく田舎くさいというか、技術的にもたついた感があって。逆にいかにもボリウッドではない「モンスーン・ウェディング」や「デリー6」みたいな映画は好きなんだけど。
だけど今回のこの「きっと、うまくいく」、伊達に年間製作本数が世界一じゃないなと。撮影もうまいしCGの使い方のさりげなさが垢抜けた感じ。さらに、他の‘歌って踊る映画’がどうなってるのか知らないけど、ここではそういうシーンは抑え気味。むしろ一度聴いたら誰もが絶対歌えてしまえる「ALL~♪ IS~♪ WELL~♪」が良かっただけに、もう少しやっても良かったんじゃと思うほど。いや、私だったら絶対最後にもう一回躍らせたけど、それをやらないのがやっぱり「垢抜けた感じ」なのかも。
ダンスシーンを抑えた代わりに、ドラマの部分を充実させている。充実しすぎててんこ盛り、笑いあり涙あり、友情あり恋愛あり親子愛あり師弟愛あり、ミステリーありヒューマニティーあり、それがどれも中途半端ではなくて、3時間の長丁場の1/3時間、お恥ずかしながら私は涙ボロボロ流しっぱなしだった。拭うとバレるのでまさにだだ流し状態で。
テーマとしては、「親がひいたレールではなく自分が進みたい道を進もう」という普遍的なものだけど、私としてはこの手のものを見るといつも少し羨ましかったりする。うちの親の子供への望みは「自分の近くにいて面倒をみてくれること」だけで、高校の三者面談で「本に携わる仕事をしたい」と言った私に「じゃあ本屋の店員にでもなれば良いのに」と言い、「それはレジスターになれってことですか? そんなこと言う親いますか?」と先生を呆れさせたのを思い出す。
だからその反動なのか、私はランチョーのように学びたいという意欲を持った人が大好きだし、自分も死ぬまでそうありたいと思う。そしてそういう時間を共有した友というのは、本当に素晴らしいものだなと、至福の3時間でしたね。正直言ってギャグは下品であんまり面白くないんだけどw
それにしても、実年齢40代半ばというランチョー役のアーミル・カーン氏、トム・ハンクスに似てるとか他にもいろいろ言われてるみたいだけど、私は断然トビー・マグワイアだと思うな。



ウィ・アンド・アイ ★★
a0031041_22284293.jpgこれは全くノーマークだったんだけど、世間ではマニア受けしてるようなので観に行ってみた。この映画には有名な俳優は一人も出てこない。学生の素人を使い、ブランドはミシェル・ゴンドリー監督という名前のみ。
夏休み前の最後の登校日、帰宅のバスの中での出来事を延々と撮っているんだけど、誰が100分もバスに乗って通学するんだよ!というツッコミはともかく。本物のバスと、おもちゃのバスのカットが交互に出てくるオープニングのチープさがいかにもゴンドリーらしい。バスの中では人間というより獣のような高校生たちが、下品さと共にカオスを生み出しているんだけど、そういうのは自分の高校生活を思い出すに身に覚えがあり、そうだ、若さってこんなだよなーと。
やってることがあまりにくだらないんで笑ってしまうんだけど、でも・・・本質的な部分では共感度が薄いんだよね。その辺りはやっぱり育ったバックグラウンドの違いかなと思う。ちなみにバスの中にいつも絵を描いているいかにもオタクな男子がいるんだけど、「Manga boy」と呼ばれてた。オー、マンガ。COOL JAPAN戦略はこんなところにもw
この映画には「桐島、部活やめるってよ」であるある感たっぷりだった、見てくれなどのカーストだけではなく、身体的・力学的な男子的カーストがある。「なんか強そうだから怖い」という。そう言えば、「人の顔を拳で殴っても、バシッという音などせずパチッという音がする」と知ったのは、高校の時に目の前で男子が殴り合いのケンカするのを見たからで。別にそれは「私のために争わないで」という河合奈保子的なロマンティックな場面ではなかったけど(古)。でもまあ暴力ばかりは、よほど道を踏み外さない限り、女子は自分の身に降りかかるものとして見ることはできないけど。
ねたばれ→でもこの混沌をどう収集するつもりだ?と思った最後、イライジャが死んだというメールに、一気に萎えた。そんな締めくくりって。だってあのビデオは面白かったし可愛かったじゃない? ゴンドリー監督の実体験かつ、アメリカでは「誰の身にも降りかかること」らしく、やっぱり、、、もう根本的に違うのよ。ラスト間際のマイケルとアレックスの会話も、なんか大人っぽいんだよね。日本のその辺の高校生で、例え心の中で考えていたとしても、親友でもない同級生とあんな哲学的な話ができる子なんてそんなにいないのではないだろうか。だからこそマイケルはアレックスと「コンビを組もう」と持ちかけたのかもしれないけど、うーん、なんかやっぱり、「桐島、」で感じたような親密感はこの映画からは全く受け取れなかった。←ねたばれ終わり
劇場だったから観れたものの家だったら多分、あのしょうもないいたずらとグダグダの会話が続く最初の10分でさよならだったろなと思った映画。



プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命 ★★★★☆
a0031041_2229182.jpgひとつ約45分の3つのストーリーが、無理なく繋がっていく映画。テーマを一言で表せば「因果応報」という感じ。これって仏教独特の考え方なのかと思っていたら、この前タイムリーにも「Dr. HOUSE」の中で「因果応報、仏教ではカルマ、キリスト教では黄金律、ユダヤ教では・・・なんだ?」というセリフがあった。そうなんだ、黄金律ってそんな意味だったんだと。なにかもっと違う感覚のものかと思ってたんだけど。因果応報をテーマにした映画は今までもあって、「クラッシュ」とか「アモーレス・ペロス」とか、いずれも数カップルのストーリーがどこかで繋がっているという点と、優れた映画という点で同じだ。
この「プレイス~」は「ブルー・バレンタイン」のデレク・フランシアンズ監督が再びライアン・ゴズリングとタッグということでぜひとも観なくてはと思った。だけど20分ほど観てたら「うんうん、これはドライヴの監督だよね・・・あれ?」と思うほどのゴズリングさんの役のかぶり具合w
炎のように生きつつ周囲とかみ合わないという、典型的映画キャラのゴズリングには、憐れみと同情を覚えるんだけど、公正に生きてるのか狡猾なのかが複雑に混じりあったブラッドリー・クーパーの登場辺りから、だんだん(私がこの俳優が嫌いなのもあって)嫌悪感を感じてくる。その息子がまた、親がエラいってだけで調子こいた奴って誰の子供時代にもいたよねーというドラ息子ぶり(しかも高校生には全く見えない老け顔)に、さらに眉をひそめさせる。
ねたばれ→だけどその実のドラ息子よりも、たった一瞬だけど抱き上げたゴズリング息子にシンパシィを感じていたのだろうし、写真はともかく、タイムリーにも持っていた巻き上げた現金を渡すのはできすぎだけど、人生廻り廻る・・・というのには、なんか万感の想いがありますな。
結局、「松林の向こうの場所」は、ゴズリングにとっては親友と過ごした(それが悪だくみだったとしても)人生再生の場所だったのだろうし、クーパーにとっては自分の罪を突きつけられる恐怖の場所だったのだろうし、ゴズリング息子には、これまた父と同じく再生の、そしてこちらは今度こそまっとうに生きようとする場所だったのでしょうね。
だけどこの話で一番可愛そうだったのは、ゴズリングの恋人とその連れの黒人だったな。あんなに頑張って家庭を築いてるのにねえ。←ねたばれ終わり
それにしても、ライアン・ゴズリングはボロボロのTシャツを着てもだっさーい服を着ても色気がどうにも滲み出てしまう。そして脱いだ日にゃこれまた。いま世界で一番脱いだらセクスィーな男ではないか。どんどん脱ぎたまへ。男は女性の体をどうのこうの言うけど、女だって見たい裸と見たくない裸があるんだからな!
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by bigblue909 | 2013-07-25 22:31 | 映画

2013年6月劇場鑑賞映画

映画ミニコラム⑦
デフレデフレと言われるけど、この20年全く変わらないものがある。そう、映画館の料金。このまえ年に数回しか映画館に行かない人が「○○を観に行きたいけど、¥1,800出して行くのがねえ」と渋っているのを聞いてハッとした。私のような年に数十回クラスの人達はきっと、大抵の映画館の会員になっているので、出しても¥1,500ぐらいではないだろうか。映画館によっては¥1,300とか、レディースデイやメンズデイ、映画の日やレイトショー割引とか。ポイント制の所は5本観ると1本無料とか。
とにかくありとあらゆる手を使って少しでも安く観るわけだけど、神戸に一館だけ会員制を採用してない所があり、観たい映画がここでしかやってない時が困る。なるべくレディスデイ、ダメなら前売り券、どちらもダメだった時だけ不承不承¥1,800を出すんだけど、確かに数百円しか違わないのにすごく高く感じる。しかもこういう時に限ってつまらなかったりして、空しさ2倍になったり(去年の「ロック・オブ・エイジス」がそうだった)。
何かで読んだけど、そういう割引なども含め、今の料金制度での平均だと1人1本辺り¥1,200なんだって。だったらそんな面倒な会員制とか、変な特典グッズをつけた前売り券とかやめて、一律¥1,200にすれば良いのにと思う。だってああいうのだってかなりの経費がかかってるんだし。でもそれだと小さな劇場ではやっていけないんだろうか。いや、¥1,200なら観に行こうという人が増えるだろうから同じなはず。なんで映画だけバブル料金のままなのか?と思うと本当におかしい。

華麗なるギャツビー ★★★★
a0031041_15324871.jpgフッツジェラルドの「華麗なるギャツビー」は、村上春樹がエッセイで「人生の書」として何度もあげていて読んだ。同じ経由で読んだ人は結構いるのではないだろうか。その後春樹さん本人が訳したものも読んだし→(過去blogでの感想)、最初に読んだ時の野崎孝氏訳「こうしてぼくたちは、絶えず過去へ過去へと運び去られながらも、流れにさからう舟のように、力のかぎり漕ぎ進んでいく。」の一文が好きで、今でもいろんなところで引用している。けど、本の感想でも書いたけど、話自体は決して好きじゃないんだよな。ギャツビーの憧れた世界が薄っぺらすぎて。それにギャツビーがディカプリオって?!とも思ったし。私の中ではキャラウェイを演じたトビー・マグワイアの方こそまさしくギャツビーのイメージだったんだけど。
ところがどっこい、いざ映画を観てみたら、これが意外と面白い。「ギャツビーが憧れた世界」が、あんなことになっているとは! あれはまさしくバブル期の日本では? お立ち台でフリフリするけばけばしい映像に口あんぐり、しかもギャツビーの、いやデカプ様の登場シーンの笑顔には、家だったら爆笑間違いなしだったけど映画館なのでできず、しばらく肩を震わせて笑ってしまった。でもデカプもトビーも見た目年齢が若いので、「加齢なるギャツビー」になってなくてホッとしたw
そしてそしてやっぱり! デイジー役のキャリー・マリガンがあぁぁぁ! なんて愛らしいのでしょう。声もセクスィーだし。本を読んだ時はなんでこんなク○アマを好きになれるんだと思ったものだけど、許したね、一気に許した。そりゃ好きになるって。隣りにいるジョーダン役のクールビューティも、新人さんみたいだけどすごく素敵だった。二人とも違うタイプで良さを引き出しあってて。そしてこれも出た! デカプのキレ芸がw 一本で一回は、みたいなお約束になってきていて、さすがだわあと妙な感心をしてしまった。
でも、このお話自体は平坦なんだけど、本を読んで薄っぺらだと思った世界にギャツビーが憧れてしまったその哀愁とか悲哀なんかが「そこはかと」流れるのが売りだったと思うんだけど、バズ・ラーマンのギラギラとした世界には、しょうがないけど希薄。だけどそんなのは気にもせず、自分の見せたい映像をしっかり作りやりきったのが逆にすごい。4月に観た「アンナ・カレーニナ」もそうだけど、そういう映画を最近とことん楽しんでしまう。
だけど原作があるものが陥りやすいのは、ナレーションで他人の心情までベラベラと語ってしまうところで。それをいかにやらないかにかかっていると思うけど、キャラウェイはしゃべりすぎた。そこを役者の表情と映像で表すのが映画なのに。でもまあ、ロバート・レッドフォード版は観たか観なかったか、観たとしても全く覚えてないけど、ラーマン印の「デカプを使ってこんなんしてみました映画」として楽しむには十分だと思う。
それにしてもデイジーが頭に巻いたターバンが可愛くて、帰りにあんなのないだろうかと探してしまったわ。衣装もすごく良かったよねえ。



イノセント・ガーデン ★★★☆
a0031041_225545.jpgこちらも先日の王家衛に引き続き、新作は必ず観たいパク・チャヌク監督のハリウッド進出映画。と期待してみたものの、これまた・・・うまいよ、うまいけど、やっぱりフツーの感じになってるんだよなあ。
他人が書いた脚本を与えられて撮ったようだけど、うーん、それって個性は何割引かになるわけで。まあそれが外国で撮るという別視点の面白さでもあると思うけど、やっぱり今まで韓国という国での臓器売買とか、宗教観とか・・・そういう背景があってこその面白さだったので、バックグラウンドを欠いて映画を撮るって、やっぱりうまく重ならないものなんだなと思う。
ねたばれ→父親が娘の中に育っているかもしれない狂気と暴力性へのガス抜きのために狩猟を教えるけど、結局人を殺すまでのエチュードになってしまった・・・という皮肉。冒頭でテニスボール(?だったと思う)をたくさん落とす黄色が弾ける様や、靴を並べる絵面の美しさにハッとする。そして毎年毎年同じ形のスクールシューズを履いて来たのに、性への目覚めと共にハイヒールに足を入れる儀式は、精神的処女喪失とも言えるわけで。同級生に突き刺した鉛筆を削る時に血の色がめくれる様は、傷口を見せられるよりなんだかゾッとして、そういうとこホントうまいと思う。
だけど娘のインディアのピアノ連弾シーンの官能や複雑さに比べ、ニコール・キッドマン演じる母親が、それこそあっさり寝返りすぎ(?)たり、昨日今日会ったような男を娘に取られて罵ったりとか、なんだか妙に薄っぺらかったりする。←ねたばれ終わり
ストーカーという安易なネーミングなども含め、なんだか安っぽいハリウッドサスペンスみたいな面がチラチラ顔を出してしまうきらいはあったかな。
そしてこちらが本命! ポン・ジュノ監督「スノーピアサー」が日本では秋に公開らしい。韓国の字幕入り予告版を観たら、最後に「雪国列車」と出てきて笑っちゃった。きのこの名前みたいですんごいダサいw 日本では「スノーピアサー」で行くみたいね。これも監督が初めて外国で撮ったものなので不安はあるものの、ソン・ガンホ様も出てるし楽しみだなあ。
今年の映画ではまだ「千年の愉楽」でしか星5個が出てない。そろそろ私のハートにメガヒットな映画を観たいのですが・・・。
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by bigblue909 | 2013-06-24 15:32 | 映画

2013年5月劇場鑑賞映画

映画ミニコラム⑥
前の会社で働いていた時、「BBさんは映画好きらしい」という噂が広まり、「最近何を観ました?」と訊かれることも多かったんだけど、「自分の息子を殺した少年に大工仕事を教える話(息子のまなざし)」とか、「監禁された小部屋から抜け出られるかという話(SAW)」とか、「コロンバイン高校の銃乱射事件をモチーフにした話(エレファント)」とか物騒なことを毎回答えてたら、すごく嫌な顔をされてそのうち訊かれなくなってしまったことがあるw まあ、その頃はこの手の映画を観ることも多かったけど、劇場に行く回数も今の倍ぐらいだったし、普通の映画も観てたから割合としては同じで、たまたま訊かれた時に直近で観てたのがそれだったというだけなんだけど。
でも最近、ようやく私も「わ、なんでこんな辛いことをわざわざ観なくてはならないの?」と思うことが増えてきた。どうせなら綺麗なものが見たいという。やっと人間になれたよ!by妖怪人間 いや、「追い詰められた人間はどうなるのか」というのに興味があっただけなんだけど。
しかも不思議なことに、どーーーーしてもダメなものがひとつ出来た。それはゾンビもの。まあ、私が好きなのは精神的に追い詰められていくものだったので、視覚的に追い詰められていくゾンビ映画は元々好んでは観なかったものの、前は普通に観てたはず。だけどここ3年ぐらいだろうか、ゾンビものの宣伝写真すら見るのもイヤになってしまった。ドラマ情報を見ると目に入る「ウォーキング・デッド」とかも、本当に嫌悪感しか煽らなくて、なんであんなのわざわざ毎週観にゃならんのだ?と思う。
思いつくきっかけはないし、いつの間にか嫌いになってたけど、多分あの生気のない目が一番ダメなんだと思う。生身の人間は精神的にも肉体的にも、みんな苦しむもの・・・。

グランド・マスター ★★★
a0031041_2282320.jpg王家衛(という漢字がなんかカッコ良いんだよな)の新作だからと、意気揚々と初日の朝一の回を観に行ったんだけどこれは・・・。ファンじゃなかったら星3個もちょっと厳しい。ひょっとしたらカーウァイの映画の中では一番映画らしいかもしれないけど、だからこそ良いところがごっそりなくなって、普通の映画になってる。
武侠映画といえば、正統派はそれこそずばり「イップ・マン 葉問」だろうし、最近では「捜査官X」の金田一っぽい組合せも良かった。「画皮」の胡散臭い感じも伝統的な香港映画で面白かった(偶然だけど3本ともドニー・イェンが出演)。宮廷ものと組合せるなら「女帝[エンペラー]」とか、とにかく武侠映画はプラスの部分で味を出していくもので。
だから前出の「イップ・マン」と区別するのならば、バイオグラフィの部分を強調すれば良いんだろうけど中途半端だし、アクション映画にするにはそういうシーンは少なめ。ピンナップのようなショット画面もあちこち入るうえに、突然ウォン・カーウァイ的なモノローグが入ったりして、ええ?と思う。
だって、カーウァイ的モノローグを入れるのであれば、監督本人が「あれは武侠映画ではない」と否定している「楽園の瑕」で、約20年も前に傑作を撮ってるし。あれは真性武侠映画ファンが、その手の映画だと思って観たら痛い目にあった、みたいなしてやったり感がすごく良かった。だってそれらしい服を着てそれらしい映像を撮って、その実やってることは「王家衛的男女のすれ違い」以外の何物でもなかったんだから。
ねたばれ→それにもっと映画的に面白くするのであれば、トニー・レオンとチャン・チェンの対決を最後に繰り広げるとか、そういうサービス精神はないのか?!と思う。日本人だからではなくて、カーウァイの映画で抗日みたいな政治的側面を見るとは思っていなかったのもガッカリしたことのひとつ。いきなりツィイーが「あなたのこと好きだったわ」なんて陳腐なことを言い出したのもちょっとビックリ。そういう幼稚なことを言わない映画を延々と撮り続けてきたくせに。←ねたばれ終わり
けどまあ、雨の武侠シーンはカッコ良かったし、何よりこの映画の主役はトニーよりもツィイーではないだろうか、と思うほど八面六臂の活躍をしている。
結局、カーウァイもハリウッドで映画を撮って、じゃあ何をするかとなった時、中国の巨匠たちが必ず撮ってる武侠映画ってことになったのかもしれないし、もう「王家衛的男女のすれ違い」を撮ってる場合じゃないとなったのかもしれない。興行的には一番成功したようだし、じゃあ次は何するの?という答えを、できればこんなに間をあけずに出してほしいと思う。
んで・・・その「楽園の瑕」、編集し直した終極版がこの夏上映されるみたい。デジタルリマスタリングされた他の作品も。私はまたそれを観に大阪まで行ってしまうんだろうな。



ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮 ★★★☆
a0031041_1542348.jpg観たい映画が何本かあった中、世間の評判が一番良かったこの映画に決めた。いろいろ賞も獲りまくってるし。理由としてはそれだけではなく、王家ものやコスチュームものというのが元々好きなんだけど。
だけど、うーん、今回はなぜにあんなに評価が高いのか?と疑問を持ってしまった。私にはフツーの歴史ドラマに見えるのだけど。王家ものにはゴロゴロ転がっている、結婚への失望、王の狂気、女王の不貞・・・これが「デンマーク最大のスキャンダル」だとしたら、デンマークってかなりお堅い国なのではと思ってしまう。
ねたばれ→クリスチャン7世は白痴なのかと思いきや、意外と教養も高そうだし(王家で教育を受けてるから当たり前と言えば当たり前か)、今で言う統合失調症にかかっていたらしいけど、自分の妻を「ママ」と呼ぶ辺りの幼稚さなどは、そういうのとは関係ない気もする。ストルーエンセが民のために推し進めた改革を、嬉々として賛同していたけど、どこまで理解していたのだろうか。
そしてまた、ストルーエンセがしたことは全て市民のためだったのに、全く理解されていないのも悲しい。それはカロリーネ王妃も同じで、予防接種などに尽力したのはこの人だし。あのマリー・アントワネットでさえ、飢える民のためにじゃがいもの栽培を奨めたけど、じゃがいもの形がらい病を連想させるのと、何度警告しても無知で芽を食べて中毒死する者がいたりで、余計に憎まれたそうだ。いつの時代も民は愚かなのだろうか。先々を見据えた改革を理解できないのだろうか。←ねたばれ終わり
にしても、そのマリー・アントワネットの夫・ルイ16世の「趣味は錠作り」という事実の前には、無個性すぎるともはやそれが個性みたいな、ある意味クリスチャン7世以上に白痴なのでは?と思わずにいられないし、はたまたイングランドのヘンリー8世の暴虐無人ぶりとかも、映画としてはドラマチックだし、やはり王家ものではエリザベス1世もあわせこの三大スター(?)の前には霞んでしまうなと思う。
でもまあ、良質なので飽きずには観れましたかね。カロリーネ役は先日観た「アンナ・カレーニナ」のキティ役の子。キーラ・ナイトレイの美しさの影で目立たなかったと書いてる人が多いんだけど、私的には、はいい?という感じだ。キティの方がよほど可愛かったけどなあ。



L.A.ギャング・ストーリー ★★★★
a0031041_21504784.jpgこの日は寝不足で、だけど前日にPCで座席指定購入してしまったのでキャンセルもできず、朝イチの回を観に行った。予告ではシリアスモードだったので、絶対寝るなと覚悟して行ったんだけど・・・! 睡魔が襲う余地なんてどこにもなかった。とにかくのっけからバイオレンス! ダイナミック! ストーリー的には誰もがタイトルを挙げる「アンタッチャブル」とほぼ同じなんだけど、アンタッチャブルがアル・カポネならこちらはショーン・ペン扮するミッキー・コーエン、残酷! 残虐! 顔が怖い! もう、マドンナをぶん殴った時はこんな顔だったのでは?と想像してしまうほど怖いw あまりに老け顔が進んだので結構ショックだったんだけど、ネットで調べるとやっぱり特殊メイクだったみたい。
この手の映画には不可欠なキャラ設定もうまいし、なんですかこのカッコ良いおっさんたちは!と思わずにはいられない。ここ最近ヒットを飛ばしまくりのライアン・ゴズリングと、骨格的に頭の小さい黒人以外は、みんな顔が妙にデカいのが西部劇っぽくて良い。早撃ちのケナード巡査は役的にもおいしくこんな渋いおっさんがいるのかと思ってたけど、エンドクレジットでロバート・パトリックの名前を見てびっくり。T-1000がこんな良い歳のとり方をしてたのか! 他にもニック・ノルティの名前にあの太った本部長?! 見る影もないけど確かにあの声は・・・とか、驚きの連続だったんだけど、これからは映画を観に行く前にネットで配役を確認していこうと今さらながら思った。その方が多分より楽しめるし。もう、映画を観れば観るほどなぜか俳優の知識量って無駄に増えて、逆にごちゃごちゃになっていくんだよね・・・。反対に、最近やたら出ているエマ・ストーンて、私にはいまいち良さがわからない。オマラ巡査の奥さん役の人は妙に魅力的だったけど。
ねたばれ→ラストの殴り合いが評価の別れどころとなっているようで、それって去年の「ダークナイトライジング」と同じで。でもこの映画では、コーエンが元プロボクサーという経緯や、同じく元ボクサーのカールが「よし、決着をつけよう」と拳を握り締めて銃で殺されたという前振りもあったし、そんなに唐突ではなかったのでは。
私的には「アンタッチャブル」のあの伝説のゆりかごシーンに肩を並べるようなシーンが撮れれば星5個だったけど、クリスマスツリー越しの銃撃戦はわくわくしたものの、やたらとそれをスローモーションにするのがいただけなかった。ああいうのはスピードが命だから。マイケル・マンさんを見習ってね、という感じかw←ねたばれ終わり
いやいやでも十分面白かったですよ。ゴズリングさん休業宣言したみたいだけど、「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命」も残ってるし、楽しみだなあ。
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by bigblue909 | 2013-06-06 22:08 | 映画

2013年4月劇場鑑賞映画

ツイッターにも少し書いたけど、4月1日のレスリー・チャンの命日に、「さらば、わが愛/覇王別姫」を観てきた。これはDVDも持っているし何度も観てるけど、さほど泣いた記憶はない。でも大きなスクリーンで観たらラストで泣けて泣けて、やっぱり映画館て良いなと再確認した次第。ビデオで観た時は3人の関係性ばかりに目がいってたけど、映画館だと引いて観れる。子供時代から文化大革命にかけての激動の時代の京劇のあり方という側面の切り口も良いし、記憶に残るシーンも違う。
観に行きたいなと思う映画はたくさんあれど、時間や費用の都合や世間の評判などで行くのをやめてしまうことも多いんだけど、やっぱりできる限り映画館で観なくては、と思う。

リンカーン ★★★
a0031041_226489.jpg今回久しぶりに土曜日の映画館に行ったんだけどひどかった・・・。おばちゃんたちがギリギリまで大声でしゃべってるのはいつものことながら、150分という長丁場に途中でトイレに行く人続出。画面の前を往復で走る人が10人はいて、ドアも自然に閉まるにまかせるから行き帰りバタンと鳴るのを聞かないといけないし、全然集中できなかった。
そういうのが影響はしてるものの、結局映画が面白ければそんなことにはならないわけで、「スピルバーグがリンカーンを描くから」と南北戦争のドンパチを期待して行った人がかなりいたのではないだろうか。でもこの映画ではひたすら会議・交渉・根回しの連続、正直言ってトイレに行きたくなる気持ちはわかる。
結局、「風と共に去りぬ」的な南北戦争は楽しく(?)観れても、奴隷解放という側面からの映画など、大半の日本人にはどうでも良いのではないだろうか。だけどスピルバーグにとっては、無視されがちな作品「カラーパープル」から一転、白人側からの視点・・・みたいな、そういう正攻法で撮りたかったテーマなのでは。
ねたばれ→家族の側面も描かれたけど、長男のロバート(ジョセフ・ゴードン=レヴィット!)が戦争に参加するのをリンカーンがあれほど拒んだのに、軍服を着てたのを見ると従軍したんだろうけど、私がジョセフファンだからか、んでどうなったの?あれ?終わり?みたいな感じで・・・映画の中ではかなり戦争も終わりの方で参戦したようだけど、心情など少しでもフォローしてほしかった。←ねたばれおわり
こんな薄口コメントでお茶を濁しつつ、個人的に主演男優賞はヒュー・ジャックマンに獲ってほしかったけど、まあこれを観ればダニエル・デイ=ルイスが三度目でもしょうがないかと。でも映画的には、うーん、もうちょっと面白く撮れなかったかとは思う。「ミュンヘン」はあんなに重いテーマでも、飽きずに観れたもの。
それにしても、「スーパー・チューズデイ」を観た時も思ったんだけど、ハリウッドって民主党を名指しで悪しざまに言うことが多くて、そういう「とある政党をフィクションでもなんでも悪者にして良い自由」がある潔さが見てて気持ち良い。日本ではきっと選挙法とか世論とか、いろいろ引っかかって作れないんだろうね。なんだかね。



アンナ・カレーニナ ★★★★☆
a0031041_1630332.jpg全く前知識を持たず、ネットで確認した星の数も低いのに、「なんとなく観たいから」という理由で観に行ったんだけど、これは思わぬ拾い物。ロシアの文豪トルストイの有名小説を、劇中劇のような、紙芝居のような、はたまたミュージカルのような、不思議な演出でゴリ押しするのですよ! この映画の予告を観た時は、衣装とセットが綺麗だという印象を持った覚えがあるんだけど、あの不思議な演出部分をもっと予告で前面に出してたら、もっと客足は伸びたかも、いや減ったかも?
とにかく好き嫌いがはっきり分かれる映画なんだけど、ストップモーションや群舞を多用する中に、ごりんごりんと長回しをして、寸分違わずタイミングを合わせ物語が動き出す手法に、あ、これ「プライドと偏見」の監督? だからキーラ・ナイトレイなの? と思い、エンドクレジットでジョー・ライトの名前を見た時は、やっぱり!と嬉しかった。「プライドと偏見」の冒頭で、庭から家のドア、奥の部屋まで一直線に突き進む中、この家の住人たちがタイミング良く横切る長回しの始まりに驚嘆したんだけど、今回はその比ではない。さらにやりたい放題なのだ。
キーラは痩せすぎだし顎出てるしエラ張ってるし、可愛いとか綺麗とかいう女優ではないと常々思っているんだけど、なぜかコスチューム物になると抜群な存在感を発する。そして不倫相手のアレクシス役のアーロン・テイラー=ジョンソン! なんですかこの美しい人は?! 若き日のジュード・ロウを彷彿とさせるようなキラキラ感なんだけど、その本家の方は夫アレクシスを(悲しくも禿げ頭で)演じていて、10年前だったら間違いなく愛人アレクシスの方なんやろねぇと、諸行無常の鐘の音を聞かずにはいられないのもなんかイイ。
ねたばれ→惜しむらくはキーラが元々は貞淑そうな妻には全く見えないので、いやいや、フツーに不倫するでしょ、という妙な納得感しか湧かないところ。だから死にそうになって夫アレクセイに庇護を求め、赦しという寛容さを見せる夫に対し、元気になった途端「うざい! きもい!」とボキャ貧な現代女性のようにキレてみても(いや、そんなことは言ってなかった)、パーティに強引に参加して身の程をようやく知り、「なんで全力で止めなかったの?」と呆れる発言をしても、勝手に愛人アレクセイが浮気してると妄想しても、元の部分の対比がないので、こういう人なんでしょ? としか思えないのだ。
だけど対比で言えば、アレクセイに捨てられたキティがどんどん人間的に成長していく過程が描かれていたのがすごく良い。文字盤を使っての告白シーンは本当にロマンチックだし、レヴィンが領主なのに自ら鎌をふるい、爪に土が詰まった手に寄り添うキティという描写が本当に良いんだ。←ねたばれ終わり
原作は読んでないので、どれだけこの映画が下世話な不倫話になったかはわからないけど、とにかくこの星4個半は、ただただ個性的な演出と美しいダンスシーンに捧げたい。
原作といえば、「レ・ミゼラブル」を少し読んで、他に予約した本が来たりなんだりで中断したんだけど、やっぱりフランス文学の、これでもかと貧困層の生活を描くところがすごく苦手だ。反対にロシア文学が上流階級の贅沢と空虚を絢爛に描き、農民のつましさと対比させて愚かさを際立てるのは、この映画からも十分伝わってきて、やっぱりそういう方が性に合ってるんだよなあ。まあ、どちらの本も、また落ち着いた頃に絶対読もうと思う。
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by bigblue909 | 2013-05-01 22:08 | 映画

2013年3月劇場鑑賞映画

映画のコーナーでねたばれの時は白文字で書いてて、これってスマートフォンでは読めなくて。でもそんなこた知らんと思ってたんだけど、自分で読み返す時も肝心のねたばれ部分が読めなくて困る。スマホからのアクセスも増えてる模様だし、どうすべと思ったんだけど、「ねたばれ」を赤太字、ってのにしたらどうだろう。良さそうだったら今までのもこれに変えようと思う。

愛、アムール ★★★
a0031041_21443634.jpgパルムドール、アカデミー外国語映画賞受賞と華々しい経歴を持つこの映画なんだけど、内容は全く華々しくなく。病に冒された妻を介護する老夫婦の話なので華々しかったらおかしいけど、このミヒャエル・ハネケ監督、前回の「白いリボン」もそうだけど、ストーリーテリングという観点からするとすっかり観客が置いてけぼりを食らってる気がするんだけどどうだろう。
比較するにはかなり乱暴だけど、去年観た中国の「桃さんの幸せ」も老後の介護というテーマだったものの、こちらは淡々とした中にもいろんな出来事があり、観ていて全く飽きなかった。この「愛~」の方も淡々と介護場面が続くけど、とにかく退屈で退屈でしょうがない。観ている私の感性が乏しいと言われればそれまでだけど、最近ストーリーテリングを重視する私としては、映画なのにこんなで良いのか?と疑問を抱く。
高齢化社会の日本では、この映画よりも悲惨なことがあちこちで起こっていて、たった数分のニュースで伝えられることでさえ、この映画よりも想像力が膨らむ気がする。映画の中で起こることは、ああ、そうなんだろうな、そういうふうに感じるんだろうな、とは思えるものの、全て予測の範囲というか、まるでドキュメントをわざわざフィクションとして作り変えているかのようで、よく言えばリアリティ溢れる・・・という感じなんだろうけど、それを映画と呼びたくない。最近そういうスタンスで映画を観る私だ。
終わって劇場を出る時に、老夫婦が「しんどいの観たな」と感想をもらしてたのが印象的で、そうね、夫婦で観に来るには楽しくないわね、、、と思った次第。とにかく、ハネケ監督の「ファニーゲーム」から「隠された記憶」までの作品を思い出すと、優れた映画と評価される基準てなんだろ?と疑問を持たずにいられない。
この映画を観に行った同じ日・同じ時間に、「千年の愉楽」初日舞台挨拶で高岡蒼祐だけ再来館してた。二回観るのもなと思い「愛~」の方にしたんだけど、このぐらいの映画だったら「千年~」をもう一回観た方が全然良かった。舞台挨拶を写真で見るとガラガラだった様子。行けば良かったな。



二郎は鮨の夢を見る ★★★☆
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私は食べ物の中で唯一苦手なのが生の魚(あの生臭い匂いがどうしてもダメ)という人間なので、鮨は私にとってご馳走ではない。おまけにラーメンでもなんでも、頑固親父がカウンターの向こうからじっと見ているような店も嫌なので、この「すきやばし次郎」を訪れる機会は絶対にないと思う。
さらにさらに、一時期燃え尽き症候群になりそうなぐらい働かされた時期があり、それ以来仕事が最優先事項になるような生活はやめようと誓ったこともあり、「仕事はあくまで生活の糧を稼ぐ手段」としか思っていない私は、これまた二郎さんから見れば屁たれ以下の存在かもしれない。 そんな私でも、仕事に情熱を注ぐ人を傍で見るのは気持ち良い。それが嫌らしく利益をあげるためだけじゃないならば。二郎さんは「正月休みが長くて苦痛」なぐらい、働くことが好きなのだ。
ネットで「すきやばし次郎」で検索をかけると、それこそ賛否両論でいろんなことが書いてある。そもそもこのお店もミシュランで三ツ星をもらうまでは、静かに支持を得るお店だったみたいだし、どんなことでもおおっぴらに認められるというのは諸刃の剣みたいなものではないのかな。結局、食べ歩きが好きな人は批評するのも楽しみのひとつなのだろうし。私がこうやって映画をなんだかんだと書くように。あ、そういえば一度だけ二郎さん並の職人パティシエがいる店に入り、腕は確かなものの禅問答でもしてるような息も止まりそうな接客態度に笑いを禁じえなかったことがある。あんなすごいデザート食べたことなかったけど、また行くのは怖いw
なんだか的外れなことばかり書いてるけど、まあ、批評的に映画の話をすれば、評判ほど面白くもないw 厳しくも温かい寿司屋だけど、ただたまたま二郎さんの店が星3つなだけで、こんな頑固でこだわりのお店は、ジャンルを問わず日本にはまだまだあるんだろうな。でも最後の方でねたばれ→「最初にミシュランが来た時に握ったのは(長男の)禎一さんだったんだよね」←ねたばれ終わりと言っていたけど、あの剽軽で人の良さそうなご長男の代に変わった時に、食通ぶった人らがしたり顔で「味が落ちた」とか言うのに先制攻撃をかけたようでちょっとニヤリとした。うーん、でもやっぱり、絶対食べた気がしなさそうな店だなw
今月WOWOWで、スペインの閉店した超人気レストラン「エル・ブリ」を描いた映画が放送される。西洋の料理人の真髄がどんなものか、二郎さんと比較しながら観るのを楽しみにしている。



アルゴ ★★★★
a0031041_17394898.jpg今までアカデミー作品賞のここ20年のものは全部劇場で観た気になっていて、なので「アルゴ」受賞には大いに慌てたんだけど、ネットで過去の作品賞を見返したら実はそうではなかった。ブレイブ・ハート、イングリッシュ・ペイシェント、ミリオンダラー・ベイビー、ディパーテッド。劇場に行ってなかった。なのでアルゴも行かなくても良いやと思ったんだけど、再上映も速攻で決まり、他の候補作で公開になってるものにそれほど興味が持てないので、観に行くことにした次第。
でも観る前からなんとなくわかっていたのは、多分これもええ話や!とは思えても、深く胸を打ったり、考えこんだりするものではないだろうということ。もちろん過去に作品賞を受賞したものの中には大好きな映画もたくさんあるけど、最近の傾向としてハードな内容のものをアカデミー賞になどしていないので。
なのでほぼ予想通りというか、観終わった後は面白かったなと思ったものの、もうすでに記憶にない。実話のデメリットのひとつは、展開がわかりきっていて、尚且つそんなに大きく脚色もできないことで。ラストの飛行機とのデッドヒートは映画的でハラハラしたものの、飛び立てるのはみんなが知ってるんだし。
先日の「ゼロ・ダーク・サーティ」同様、ずっと画面が茶色もしくはグレーのイメージで、でもなんだか劇画風のアルゴと、真面目一徹のゼロ~と、足して2で割ったらちょうどかも?という感じ。他の候補作をまだほとんど観てないからなんとも言えないけど、この選択がベストだったの? 無難すぎると思うんだけど、まあそれがアカデミー賞と言われたらそれまでか。ただこの映画、海外ドラマファンにはたまらないキャスティングだったよね。ドラマの政府高官・弁護士役が多い人ばかり集めた感じで。
それにしても、WOWOWで放送したアカデミー授賞式で、映画評論家が「ベン・アフレックは若くして脚本賞を獲って、すごく人気が出たもののいろんな女優と派手につきあって、嫌われて仕事もなくなってしまったんです」と的確な解説をしていて笑ったw 毎年なんらかのドラマを作らずにはいられないアカデミー賞だけど、今年は「一度は落ちたアフレックが監督賞ノミネートもされなかったのに作品賞獲ったとしたらいかにもハリウッドサクセスストーリー」なので一票、という匂いがぷんぷんするのは私が偏見の塊だから?
それに「ザ・タウン」の時も監督業に徹すれば良いのにと思ったんだけど、役者で作品に恵まれないから自分で良い役を作って出るんだ、ともし言われたら健気な気もする。なんにしても、今年のアカデミー授賞式は我が家では、最後に涙ぐみながら話すベンを見て「腹立つわあ、腹立つわあ」の連発で終わったw
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by bigblue909 | 2013-03-18 21:45 | 映画

2013年2月劇場鑑賞映画

映画ミニコラム⑤
この前テレビでインドの年間映画製作本数がすごい・・・というのをやっていて、まあこれは映画ファンの間ではよく知られた話だけど、驚いたのが邦画の制作本数。具体的な数字は忘れてしまったけど、例えばこれはネットで拾った2009年の資料で、インドが1288本、アメリカが694本に対し、日本が448本。私が見た割合も大体こんな感じだった。ハリウッドという黄金システムがあり人口が倍のアメリカに、3分の2ほども迫る本数。日本人てそんなに映画を観る国民だった??
これはどこの国でもそうだと思うけど、公開されずお蔵になるものもかなりあり、実際は年間700本とも言われてるらしく。それってどうなの? 昨今の個性って良いよね、当たるかわかんないけど作っちゃいなよ、ユーやっちゃいなよ、みたいな風潮が表われた数字? 普通に数本分の予算を合わせて、知恵を合わせて作ったら良いものも生まれるんじゃないか、と思うんだけどな。
だけど先日の2012年ベストでも3本選んだけど、ビデオで観る邦画の本数もかなり増えた私。この監督のは観ようかというのも当然あるし、原作を読んだからとか、好きな俳優が出てるからとか、どんどん選択範囲が広くなってきた。
そこで気がついたのは、例えば去年観た「アントキノイノチ」や「八日目の蝉」とか、いま思い出すとなんであんなに泣いたんだろ・・・?と思うけど、観てる間はなぜだか泣きツボにはまり、一度泣き出すと何を見ても泣けるみたいな現象が、洋画に比べて邦画が断然多い。それはやっぱり風景や音楽などでノスタルジィをくすぐるんだと思う。逆に「告白」みたいのは外国でやったら興味津々で観れるけど、日本でやると生々しくてイヤになってしまう、というデメリットもある。
でも良くも悪くもアイデンティティに肉迫する感じがたまらなく、今月もまた邦画で始まります。のうぞ↓

ゼロ・ダーク・サーティ ★★★★
a0031041_20585892.jpgこの手の政治・戦争・史実絡みの映画はいつもそうだけど、おっさん率がグンとあがる。仲良しで徒党組んで来る人、途中で弁当食う人。それがおっさん。そして同じ方向性の映画の予告をやるけど、「L.A.ギャングストーリー」の予告を観て、言うぞ、言うぞと思ったら、やっぱり言った、「これも面白そやな」。それがおっさん。
というわけで、キャサリン・ビグローがまたまた男前な映画を撮ってくれましたわ。2001年のあの日から、ビンラディン殺害までの出来事は全て、なんだか映画を観ているようですごかったよね。キャッチフレーズに「世界は真実を目撃する」とあるけど、そんなこともないと思う。別にこの件に詳しくはないけど、誰もが知っている例をとると、当時ニュースで「ビンラディンが穴に隠れていたのを引きずり出して殺害」と言っていたけど、この映画を観るとそうではない。
ねたばれ→なぜ命あるまま捕まえて、テロの全貌を尋問しなかったのか?という疑問をあの時みんな持ったと思うんだけど、この映画で答えがでるのかと期待したのに、あっさり(それも寝室にいるところを!)殺してしまうし、またそれを前もって指揮したかも描かれていないから、一番知りたかった部分はうやむやなままだった。とは言ってもネイビーシールズのマッチョぶりや、ブラックホークが墜落するような映画的なワクワク感はきちんとある。なんて、ワクワクなんて本当はしちゃいけないんだろうけど。
そして私的に一番面白かったのは、地味な実績だけをあげようとする上司に食ってかかったあと、パキスタン側からその上司がターゲットに遭い、「テロリストのリークかしら?」と言ったマヤに、次の上司が「前任者から君には逆らわないように言われた」と当てこすりを言うシーン。あまり感情をむき出しにせず、淡々と撮るビグローの映画の中で、このシーンだけ普通のサラリーマンみたいな嫌らしさがリアリティ溢れてて良かった。←ねたばれ終わり
すごく良かったし見ごたえも十分なんだけど、数日で興奮が薄れていくところが、ビグローのクールな演出ぶりが裏目に出やすい部分かなとも思う。



ふがいない僕は空を見た ★★★★★
a0031041_17425198.jpg内容も全くわからないんだけど、なぜかこの映画は絶対観なくちゃと思っていた。2012年ベストのコメントにも書いたけど、この映画に出てくる人達はみんなこんな奴いるの?という感じだし、おこる出来事もこんなことあんの?というものばかり。でもこういうのって、起こったことがどうこうよりも、それに対して感じることが解かるかどうかなんだと思う。余談だけど主演の永山絢斗を見て「瑛太の鼻と似てるな」と思ったんだけど、帰って来てネットを見て弟と知ってびっくり。鼻てw DNAってすごい。
その永山と田畑智子の視点から、それぞれを描いていくんだけど、始めの方で永山からもらった弁当を、窪田正孝(平重盛ね)演じる福田がゴミ箱に捨ててしまい、え?と思うんだけど、この辺りが複線となり、突然福田目線のストーリーも展開される。アニヲタ・コスプレの人妻と、それに惹かれる男子高生よりも、この福田には私はすごく興味をひかれた。
ねたばれ→なぜって私も団地で育ったくちで、ああいう風に「団地の子が」と一戸建て住宅地の人達によく言われたし、ここから抜け出したい、という強い気持ちも持っていた。だから卓巳の親友だと人には思われていたけど、恵まれているくせに自ら脱線してそれすらなんら対処できない卓巳を内心軽蔑していた福田の気持ちはすごくよくわかる。そして「洗礼」を受けた卓巳をやっと本当に受け入れる気持ちになったことも。でも個人的に思うのは、子供の頃は絶対思えなかったけど、ああいう生活を体験しておいて良かったと。世の中には貧困を理解できない人が本当に多いから。でもまあ、そう思えるようになったのは、こうして何不自由なく贅沢に暮らせるようになったからなんだけど。←ねたばれ終わり
そしてこの映画は、表面で何をしていようと、根本はこの世に人間を産む・産まれるということを描いているのが素晴らしいのだ。そんな深遠なテーマが、この人達はどうなるのか・・・と追い続けるうちにふっとわきあがるのが。
タナダユキ監督作品は数年前に「100万円と苦虫女」を観た以来なんだけど、他の作品も機会があったら観てみたいですね。
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by bigblue909 | 2013-02-25 20:59 | 映画
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ビッグブルーの本気な無駄話。


by bigblue909
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