イルカが愛を確かめにくる、青い海の底の日常生活

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「1Q84 BOOK3」 村上春樹著

a0031041_16243077.jpgもはや文学的イベントとなった村上春樹の新刊争奪戦。私ももちろん初日ゲット。

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by bigblue909 | 2010-04-25 16:22 | 読書感想

「1Q84」 村上春樹著

a0031041_8551092.jpg「アフターダーク」から5年、長かったよ、首が伸びきっちゃったよというわけで、ワクワクで読んだ。うちの近くの小さめな書店では、発売1週間経ってもこの本が置いてなくて、ひっどい本屋だなあと思ったんだけど、まさか売り切れ・・・? と思ったらホントにそうだった。少し行った所の大型書店では、発売当時山ほど積んであったのに、半月経った今では、入り口の一番目立つ箇所が空白のまま。
というわけで、私のような長年のファン達が発売前から大騒ぎするのはともかく、12日で100万部突破という、もはや異常と言っても良いような熱狂ぶりは、やっぱりちょっと不気味に感じる。そういう過熱ぶりにはつきものだけど、感想を読んでいると否定的な意見が多い。だけど私もこれには同じような意見を持ってしまった。多分他の人とほぼ同じだと思うけど、ネタバレで書いてみる↓

多くの方が指摘しているとおり、この本には春樹さん独特のアイコンがたくさん顔を出す。今考え付くものだけでも、親友の死、世の中にうまく馴染めない少女、殺される娼婦(あゆみは職業的娼婦ではないが)、そこに付随する暴力、耳の描写、リトルピープル、羊、耐え難い体の痛みなどなど、他にも思い出せばもっとあるけど、そういうのがごっそり出てくる。
書いてる本人が同じだからしょうがないと言えばそうだし、意図的なものなのかもしれなけど、やはり楽しみにしてた方としては、またか、という気分になるのは否めない。最後に挙げた「耐え難い体の痛み」などは、「ねじまき鳥クロニクル」にのみ現れたものだけど、連想した人はやっぱり多いのでは。他に新しい要素はあるものの、「なにかで読んだもの」が出てくるにつれ、足掛け20年読んできているファン達としては、うんざりというよりも不安になってしまうのではないだろうか。
そしてそんな今までの物語が重なってしまうからなのか、ふかえりとの「お祓い」のシーンは一番書いてほしくなかった。ユキと、笠原メイと? 30男が? 別物だからとは思いつつも、なんとなく、読んでて気恥ずかしさを感じてしまった。むしろ青豆と環の、他愛もない、だけど二人の友情をそれまでよりぐっと深めることになったレズシーン(?)の方が、少女時代の独特の甘酸っぱい感じが伝わってきて、この物語はこれからどんな方向に行くんだろうとワクワクさせられたけど(結局は親友の死といういつもの結果が待っていた)。

ただ、今回はそんな枝葉の部分よりも、春樹さん自身「オウム裁判の傍聴に10年以上通い、死刑囚になった元信者の心境を想像し続けた。それが作品の出発点になった」と語ったとおり、本の中でもまさしくオウムのような教団が大きなテーマとなっている。
前に「アンダーグラウンド」と「約束された場所で」を読んだ時、すごく印象的な文章があった。要約すると「オウムの信者にインタビューをすると、ハッとするほど心の澄んだ人が多く、むしろ被害者側の方が偏屈な人が多かった」ような内容(被害者側が読んだら憤慨ものだろうけど、これはあくまで私の読解力・文章によるものだ)。なぜだかこれを読んだ時、深く納得してしまった。この世の中で生きていくということは心に鎧を着せなくてはならないし、それがメディア側としてインタビューした春樹さんには、猜疑心として映ったのではないだろうか。
そして信者側の方は(直接サリン事件に関与して手を下した信者ではなく、何も知らなかった信者たちはある意味こちらも被害者と言えるだろう)、そんな鎧を着ることに嫌気がさし、人として精進したいと思い入信する。私たちが普段生活していてそんなふうに意識の高い人と出会う確率と、オウムという集団の中で出会う確率は、きっと大きな差があったんだと思う。それは最近、私も宗教について僅かながら勉強した中でも大いに感じたことだ。
ただし、という言葉がつく。だからこそ悪に染まりやすいのは、信者のような人たちではなかろうか。きちんと心に鎧を着せた人たちは、警戒心と猜疑心で近寄るものを選別し、善悪の判断をする。人は、どこかに敵を作らざるを得ない生き物だそうで、楽園としての完璧なシステムを保つには、外に敵を作り出さないといけないんだそうだ。自給自足で規則正しく生活し、お互いを高めるために尊重しあう。そんな美しい生活を続けるためには、人の心から完全に消し去られることのない悪は、必ず‘正義’という名のものに、違う場所へ向かって攻撃をする。だから私は正義という言葉があまり好きではない。
だからこの「1Q84」の中での、青豆がリーダーを‘送る’かどうかの葛藤のシーンは、サリン事件に携わった春樹さんの葛藤として、そのまま伝わってくる。多分、明らかに許しがたい犯罪とは裏腹に、小さな教団の片隅で真摯に生きていた信者たちの澄んだ目と心が、離れなかったのではなかろうか。


まあ、いろいろ書いたけど、今回も面白く読んだことに変わりはない。春樹さんのぐいぐい読ませる構成力、そして流れるような文章は、並みの作家には書けないものだし、アンチ春樹も多いけど、やっぱりこの人は現代日本作家では突出した存在だと思う。
読者の大方の予想では「続編がある」とあったけど、意外にも春樹さんは「続編についてはこれから考えたい」と語ったようで。だけど「ねじまき鳥クロニクル」では、上下巻ではガッカリな内容だったのに、1年後に突然出した3冊目で、全てをひっくり返して傑作にしてしまった。私たちは、それを期待せずにはいられない。
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by bigblue909 | 2009-06-19 09:36 | 読書感想

「ロング・グッドバイ」 レイモンド・チャンドラー著 村上春樹訳

a0031041_9155265.jpgまたまた春樹訳の本。ミステリとかほとんど読まない私には、お初のレイモンド・チャンドラーちゃ~ん(このギャグをわかってくれる人はかなり少ないか・・・)。

最初の50ページを読んだ時点で、これって「グレート・ギャツビー」じゃない?・・・と思った、などということは、春樹さんにはとっくにお見通しのことだったようで、後書きの中にも「ふたつを読んだ読者の方はお気づきでしょうが・・・」みたいなことが書いてある。そうなのだ。多分マーロウとレノックスの関係は、まんま「グレート・ギャツビー」のキャラウェイとギャツビーなのだ。
そしてふと気がつく。春樹さんがやってきたことも、やっぱり「グレート・ギャツビー」なのではないかと。春樹さんの本の中で、男同士の友情を描くことは少ない。初期の頃の僕と羊男、「ノルウェイの森」の僕と昔の親友、「ダンス・ダンス・ダンス」の僕と五反田くん。全て‘僕’から友人たちは去って行ってしまうのだ。
「ひとつ、村上さんでやってみるか」の中で、読者から「彼氏にしてつきあって別れるよりも、友達のままでいるほうが良い、だって友情は永遠だから」と書かれた春樹さんが、「友情は決して永遠ではないですよ」と冷たく(?)言い放った時、ちょっとドキッとさせられたのも、独特の春樹論なのかもしれない。

お、春樹さんのことばかりなので肝心の本の方。
「グレート・ギャツビー」ではキャラウェイ以外のキャラクターが、どれもこれも私には侮蔑の対象でしかなかった。キャラウェイとギャツビーの関係は、漠然とは理解できても、どうしても‘ギャツビーが追いかけた夢’に共感ができなかったのだ。
でも、この「ロング・グッバイ」のマーロウとレノックスは、わっかるわあと言いたくなる。なぜだか心惹かれるレノックスへの友情(とも言えないような繋がり)を、理屈ではなくまさに‘体を張って’表現するマーロウ。そして、カラッポになった自分にも取り返しのつかない夢にも気付かなかった愚かなギャツビー(に私には見えるのだ)とは違って、全てを理解して身を持ち崩し、それでも芯の優雅さと礼儀を失わないレノックス。読んでてこの男のどこが魅力的なのかというのは、手にとるようにわかる。
だからこそなぜ‘ロング・グッドバイ’しなくてはならなかったかという、微かな痛みも、こちらに伝わってくる。なんか、男の物語なのよねえ。

最後にひとつ、春樹さんの翻訳でエラい! と思ったのが、ちゃんと長さをメートルで表すこと。これをしてくれない訳者の方が圧倒的に多い。「身長○フィートの大男」だの書かれてもピンと来ず、なにが邦訳だ、日本はメートル法だぞ(怒)と思うわけです。3倍にすれば良いじゃないとか、そういう問題ではないし。けど春樹さん、「奥行き20メートルはある広い玄関」、あー、わかる、どんだけ広いかわかるわ。こういう部分て、読者の立場になってくれるかどうかの差ですからね。
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by bigblue909 | 2007-04-04 09:18 | 読書感想

「グレート・ギャツビー」 スコット・フィッツジェラルド著 村上春樹訳

a0031041_9144440.jpg村上春樹が「人生の書」とする「グレート・ギャツビー」、満を持しての翻訳本! を購入。日本語を母国語に持つ者にとって、春樹さんの訳した海外小説の文体を読むというのは、海外の春樹ファンには味わえない贅沢のような気がして、数ヶ月に1冊、図書館で借りてきて読んだりする。

「グレート・ギャツビー」を最初に読んだのは7年前で、春樹さんが絶賛するこの書が、一体どういうものなのか? と興味があったから。なにやら金持ちたちがバカ騒ぎをして自業自得、というイメージしかなくて、これがなぜ・・・? という印象を持ったことしか覚えてない。今回、この春樹さんの翻訳本と並行読みしてた「ひとつ、村上さんでやってみるか」の中で、春樹さんがこの本のどこを読んでも「ああ、ギャツビーかわいそうだなと思う」と書いてて、え、かわいそう?! と驚いたんだけど、なるほど、今回読むとなんとなく、「かわいそう」という雰囲気はある。それが春樹さんの訳のせいなのかはわからないけど。
でも、あくまでも‘昔読んだ頃の感想と比較して’というだけだけど。地道にコツコツと頑張ってきた、というようなストーリーなら、気の毒だな、という気はおこるけど、ギャツビーが憧れた人や世界が薄っぺらだっただけで、そこに近づく経緯も(詳しくは書かないけど)似たようなものだし、十分楽しんだんでしょ、夢見たんでしょ、じゃあ良いじゃない、終わり。
という気分なのだ(笑) こういう話に哀愁や同情を抱いてしまうような私では全くない、ということですね。

ただ、以前と比べて読みやすさは段違いだ。前の訳者が悪いとかではなく、春樹さんも後書きで主張しているとおり、翻訳はある一定の期間をおいて見直されるべきものだと思う。誤訳などもあるだろうし、なにより言葉は生き物だから。
いつも海外の本を読んでて気になるのが、使用人(大抵は黒人などだ)の言葉遣いで、「~ですだ」という語尾。こんなことを言う日本人を一度だって見たことがないし、こういうのを読むとウンザリしてしまう。「指輪物語」の訳者とか、もはや神格化(?)されてる部分もあるけど、訳者に気を遣って何十年も前のを尊重するとか、そういうのってちょっと違うと思う。大体、話を作ったのは訳者ではないし、小説家の物なんだから。訳を見直して不自然な言葉を正していけば、海外の本を読む人ってもっと増えるんじゃないかと思うのだけど。

けど、7年前に読んだ時に思わずメモってしまった最後の一文、
「こうしてぼくたちは、絶えず過去へ過去へと運び去られながらも、流れにさからう船のように、力のかぎり漕ぎ進んでゆく。」
は、前の訳者に軍配を挙げたい。この一文は、本には全く乗り切れなかった私にも、この部分だけ何度も何度も読み返させる力があった。
春樹さんも冒頭と締めの訳に細心の気を配ったそうだけど、どう訳したかは手にとって確認してみてください。
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by bigblue909 | 2006-12-12 09:15 | 読書感想

「アンダーグラウンド」 村上春樹著

95年の地下鉄サリン事件の被害に遭った方々の証言を集めた本。
まず本を開いて、95年だったのか、というのに驚いた。私の記憶の中では、それよりも2年ぐらい前の事件だと思ってたのだ。地下鉄サリン事件の2ヶ月前にあった阪神淡路大震災のあった日のことはよく覚えてるし、サリンの後のオウム報道のことも覚えてる。
けど、地下鉄サリンの記憶だけほとんどない。映像としても覚えてないし、詳細もよくわかってなかった。申し訳ないけど、多分私にはそれだけ‘興味のない事件’だったんだと思う。大半の若者と同じで、世の中の事件よりは自分のことにしか気がいかない年代だったし、95年というと、東京から福島に戻った直後ぐらいなので、「もう東京の話なんて勘弁して」という気分だったんだと思う。

だから、春樹さんがこの本を出した時、なんで? とかなり反感を持った。そういうタイプの作家ではないし、私の周りの春樹ファンもみな同じ意見で、「なんか最近違うよね」と言ってた。ファンだから、という理由だけで読みたくなる題材ではなかったし、興味なく買うには価格も高かったのだ。
それから10年近く経って、こうしてやっと読む機会を得た。この本では、‘普通の人々’が、突然ふりかかった言われなき暴力によって、‘普通の朝’を壊される様が延々と綴られる。その人の生い立ちから、職業、考え方までを、彫刻刀で浮き上がらせるように。それだけ。春樹さんの見解のようなものはほとんどないし、感情的な文章も皆無。
ただ、私が読んだのは講談社の村上春樹全集の中の一冊なので、「改題」として数年後に書かれた文章も収録されていた。ここには少しだけ、春樹さんがインタビューを終えた後の電車の中で、どうしようもなく涙が止まらなかったことなど、今だから書くという感じで、感情の吐露が見れる。

「主観性を押し出さない主観」というのをやりたかったらしいけど、やはり私は、少し前までだったらこの本を読んで批判的な気分になったと思う。映画でもなんでも、主観性を排したものが大嫌いだから。そんなの意味ないとさえ思っていた。
けど、1年前の福知山線脱線事故の時のいろいろな報道を見て、私は本当にイヤな気分になった。わけのわからない専門家が出てきて、なんの根拠もなく憶測を並べ立てて怒っていた。「被害者の気持ちになって」、カメラの前でコメンテーターが憤っていた。確かにJRはとんでもないことをした。被害者は本当に気の毒だ。でもこいつらはなんだ? と、私は毎日見てて気分が悪くなった。
特に夕方の、ニュース番組とも名乗らず‘総合情報番組’と称してるのが一番性質が悪い。ワイドショーならば見てるこちらも、ワイドショーだから・・・というある程度の諦めみたいなものがあるんだけど、夕方のは大抵いろんな肩書きを持った人が出て来て、言ってることはテレビの前でニュースを見て勝手に文句を言うおばちゃんと大差ない。‘知識’を味方につけてるだけ余計に見てて腹が立つのだ。
だから多分、春樹さんも地下鉄サリン事件に関して、同じように感じたのではないかと思う。余計な雑音は全て排して、被害者の方々になにが起こってたのかが知りたい、なにを考えてたのかを知りたい、そういう報道をするメディアはないのか、と。

同じく、オウム真理教側の証言が入った「約束された場所で」も読んだ。こちらはやはり、自分とは全く別の世界に住んでる人たちの証言だけあって、‘読み物として’比べると、「アンダーグラウンド」よりも面白かった。こっちに関しても言いたいことは山ほどあるけど、うーん、宗教・・・難しい部分なので、感想は書かないでおこうと思う。
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by bigblue909 | 2006-06-01 08:55 | 読書感想
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ビッグブルーの本気な無駄話。


by bigblue909
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